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文理学部史学科卒。日本酒好きが講じて全国の蔵元さんをお招きしてお酒を飲む会を毎年企画。日本の文化とも云える日本酒をひろめていきたい。今はパソコンも上達。スポーツは夏は水泳。冬は家族とスキー!もっぱら雪見酒ですが、...スポーツ観戦(野球)が大好き!好きな物と言えば、読書とやはり日本酒が良いですね。

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2012年2月 6日 (月)

今日は、海苔の日

今日、2月6日は「海苔の日」、我が国最初の明文化された法律である「大宝律令」によれば、29種類の海産物が租税として納められていた、そのうちの8種類が海藻で、その中の1つに海苔が入っていた、「大宝律令」が施行された大宝2年1月1日は今の暦に置き換えると、2月6日になるそうです、海苔は栄養価も高く、身体にも良いので、生の新海苔も出てきているので、皆さん海苔を食べましょう。

2012年1月16日 (月)

今日1月16日はペリー提督再来航の日

今日1月16日は、ペリー提督が蒸気船7隻を率いて再来日した日、前年初めて蒸気船四隻を率いてきた時の川柳に「じょうきせん(当時この名のお茶が有った)四杯で夜も眠れず」というように当時の人々の驚きが伝わってくる、又、幕府の接待には「八百膳」の料理が使われ千両もかかったといわれているが、ペリーの評価は我々の料理の方が100倍美味いと言っている、しかし、冷蔵庫も無い当時の料理がそれ程美味いとは思えないので、あの人の舌はどうなっているのだろうか。

2012年1月15日 (日)

1月15日は、小豆粥の日

1月15日(小正月)には、邪気を払い万病を防ぐと言われるところから、この日に、小豆粥を食べる風習が出来た、小豆の赤は、縁起の良いものだし、15日は「望の日(満月のこと)」と呼ばれ、(望粥)もちがゆとも呼ばれたところから、鏡割りをしたおもちも入れるようになった、小豆粥を食べて、今年も健康に。

2011年12月20日 (火)

おせち料理の謂れについてパートⅤ

お節パートⅤ、「お多福豆」福を招く食べ物として、祝い膳によく使われる、「ごぼう」根づく野菜なので、家の土台がしっかりすることや、たたきごぼうは、ごぼうをたたいてから、身を開いているところから、開運の縁起を担いだ、「里芋」土の中にたくさんの子芋を作るところから、子孫繁栄を願った

2011年12月18日 (日)

おせち料理の謂れについて

お節の謂れについて、「栗きんとん」日本中にある栗は、山の幸の代表で、黄金色にかがやく財宝をイメージした、又、勝ち栗と言って縁起が良い、「黒豆」マメに暮らせるようにの願を込めて、ちなみに、今年も丹波から友人が厳選した黒豆を送ってくれました、「昆布巻き」喜ぶというごろ合わせと一家の幸福と繁栄を願ったもの。

2011年12月17日 (土)

おせち料理のいわれについて

おせち料理のいわれについて、「紅白かまぼこ」紅は、めでたさを表し、白は神聖を表す、「伊達巻」長崎の卓袱料理に、(カステラかまぼこ)というものが有りこれを大切な文章などのように巻いたところが、伊達物達が着ていたドテラに似ているのでこの名がついた。「錦卵」黄身と白身を金と銀に例えた。

2011年12月15日 (木)

おせち料理

「おせち料理」の「おせち」は、平安時代に行われていた「お節供」からきた言葉で、節日(元旦と五節句)に、五穀豊穣、家族の安全、子孫の繁栄の祈りを込めて神にお供えしたものが、江戸時代後期に庶民がこの宮中の行事を節句の一番初めである元旦に真似て、正月の料理だけがお節料理と呼ばれるようになった。

2011年12月14日 (水)

本日12月14日は、吉良邸討ち入りの日

今日は、赤穂浪士が吉良邸に討ち入った日、赤穂浪士と食に関する話を、当日、蕎麦屋の二階にに集まったことになっているが、まだ当時は、蕎麦ではなく、蕎麦がきのようにして食べていたようだ、又、討ち入りが無事に済み、細川家にお預けとなった、大石内蔵助が細川家の待遇が良すぎて、毎回、二汁五菜の食事を出してくれたそうですが、運動も仕事もしない彼らには多すぎたようで、量を減らしてくれと頼んだようだが、細川公はウンとは言わなかったそうです。又、当日に雪は降ってなかった、本所松坂町も、まだ当時には無かったようです。

2011年8月20日 (土)

昆布のお話

9月10日の料理の会のメインになる、昆布の一寸いい話から、安土桃山時代の築城の際に、石を滑りやすくするために、昆布を使って石垣の石を運んでいた、又、平安時代には税(租庸調)として陸奥の国(青森)の特産物として徴収されていた、江戸時代に成ると、蝦夷地から敦賀に入った昆布を、夏場の湿気の多い大阪に置くことによって、倉庫で熟成され、昆布の渋みが無くなり甘味が増すなど、良い事ずくめの結果になったようです。

2011年8月 7日 (日)

雷と、菅原道真

昨夜、ものすごい雷、雷の時に(くわばらくわばら)と言って、雷が落ちないように祈ったのは、菅原道真が、大宰府に左遷され、失意のうちに亡くなり、それから、天変地異が多発した、朝廷では、祟りを収めるために、道真を天満天神としたが、その中でも、雷は、道真の領地に桑の原が多いところから、自分の領地には、雷を落とさないだろうと、くわばらくわばらと、言ったといわれている。

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